世田谷公園から徒歩5分、アットホームな動物病院です

2009年06月22日

スズメのリハビリ



先日、病院に、「家のネコがスズメを咥えてきてしまい、まだ生きているので診て欲しい」とスズメがやってきました。



スズメは野鳥であり、治療が必要な状態でもあったため、病院で貰い受け、治療をすることになりました。野生の鳥を入院させるのは飼鳥以上にかなりのストレスがかかるので、極力ストレスをかけずにケアする必要があります。逆に、入院環境に慣れすぎてしまっても野生に上手く戻れなくなってしまう。なので、このようなケースはできるだけ早く回復を期待します。

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しかしながら…今回のスズメは、胸に噛まれた傷があり、骨折はないものの左肢と左翼が麻痺して動かない状態でした。
そのため、両肢で立つこともままならない状態でした。

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内服薬により2.3日後に握力が若干出てきました。そして、指の感覚が戻らないながらも低く設定した止まり木に何とか乗れるようになりました。しかしながら、左翼は微妙に動かす程度で、右翼だけ羽ばたかせるためバランスを崩し、飛ぶこともできず、少しの高さからの着地でさえ全くできません。
自然の感覚を忘れさせず、感覚を取り戻すためにも止まり木には自然の木をいくつか使い、食餌にミミズやミルワームなども用意し、日光浴も欠かさず、リハビリの日々が始まりました。

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このまま感覚が戻らないのでは…と不安もある中、
ちょうど1週間目になり、わずかですが少し左翼の感覚が出てきました。そして、上方向へ飛ぶことは出来ないながらも台からの着地に失敗しなくなり、しばらくして平衡に1mほど羽ばたくようになりました。


suzume.jpg
リハビリは主にシャンプー室で。どこにいるかわかりますか??


現在、2週目を越え、80cm程の高さまで飛ぶことができるようになり、指の感覚は若干不安ながらも、つかまった場所から滑り落ちることは殆どなくなりました。

病院に慣れすぎないことが心配ですが、スタッフ一同、出来るだけ早く自然に帰れるよう願っている今日この頃です。。。
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飛びました!!リハビリ奮闘中です!


posted by フォレスタ at 11:18| 東京 ☁| コラム〜NO ANIMAL , NO LIFE〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月28日

パパという名のネコ


パパというネコがいました。

元々は代診の時に働いていた病院のネコでした。
単に病院の愛玩ネコでもあったのですが、供血猫でもあり、輸血が必要な時には多くの猫の生命を助けました。


パパは一見、厳つい顔をして怖そう...と思われがちなのですが、何をされても怒らないヌイグルミのような猫でした。
ちなみに種類は ヒマラヤンという長毛の、ブルーの眼をした愛嬌のある容姿でした。

写真ではパパの良さは伝わらないのですが、とにかく性格が、のんびりしていてマイペース、そして人懐っこい。

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(日向ぼっこ中、寝起きの無愛想なパパ)


そんなパパは、約18年、病院猫として生活していました。猫の18才は、かなり高齢です。しかし4,5年程前から腎臓を悪くし、薬と点滴をしながらの生活でした。

 
余生はのんびりと生活をさせてあげたいとのスタッフ皆の意見と、自分によくなついていた事もあり、パパは僕の部屋で生活する事となりました。当初、慣れない環境での生活はどうかとも考えましたが、思いのほか順応してくれました。

 自宅に来る初日、病院から自宅までの京王線の電車内では、皆が振り返るような大きな声で(もともと鳴き声はかなり大きいのですが...)鳴いていました。
 
病院で飼い始めてから病院外の空気を吸うのはおそらく18年ぶり、、、すべてのものに驚いていたはずです。しかもその日は年末で気温も低く、キャリーケージを暖かくはしたものの、大丈夫だろうかと、とても心配でした。
 
自宅に着き、キャリーから出たパパは、部屋中のものに興味を示し、あらゆる場所のにおいを嗅ぎ廻っていました。用意しておいたトイレにすんなり入ったものの、狭い場所での生活が当たり前だったパパには部屋のスペースは落ち着かなかったようでした。結局、小さな箱を用意したらその中で落ち着いてしまいました(以前から病院でも一番のお気に入りの場所は洗濯かごの中でした...)


自宅に来た時点で、腎不全の程度はかなり進んでいたので、あくまでパパの自由に、本人のストレス、負担にならないような治療は自宅で続けることが目的でした。 
 
ベランダへは自由に行けるようにしていたのですが、初めは少し戸惑っていたようでした。日々の経過とともに生活には徐々に慣れ、天気がいいと自分でベランダに出て、日光浴をするようにまでなりました。
 
部屋は2階なので外の猫とはもちろん接触できませんが、野良猫が下を歩いていたりすると、気になってずっと猫がいなくなるまでベランダで見下ろしていました。


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(雲間から光が射した瞬間、そちらを見上げたパパ)


そんなパパも、皆に愛されながら、昨年の6月半ばに天国に行きました。今でも桜の時期になると、部屋の前にあった桜の花びらが、ベランダにいたパパの背中によく付いてたのを思い出します。


ペットが僕達に与えてくれるものは、本当にかけがえの無いものです。

僕達より短い一生を送るペット達ですが、いかに意味のある生活を一緒に過ごせたか?という事が大切なのだと思います。 

ペットの一生の最後に、自分達が本当に感謝できたのならば、きっとペット達も同じように思っているのではないでしょうか?


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posted by フォレスタ at 22:24| コラム〜NO ANIMAL , NO LIFE〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月28日

NO ANIMAL,NO LIFE



タイトルになっている「NO ANIMAL , NO LIFE」は、

 動物と暮らす生活は、やはり素晴らしい・かけがえの無いもの、 動物のいない生活は考えられない、 といった意味合いです。
 
 獣医師になろうと思ったのは、小学生の時でした。 
 犬が好き、ネコも好き、とにかく動物が大好きだったという単純な思いが始まりです。 
 (テレビで観ていたムツゴロウ王国のような) 動物に囲まれた暮らしというのが小さな頃の漠然とした夢でもありました。
 
 その後、動物医療を学びながら、生命の尊さを学ぶのと同時に、動物が好きなだけでは決してやっていける世界ではない事も何度も経験し、時には理想と現実のギャップを感じ、迷うこともありましたが、今ではこの仕事に誇りをもっています。

 また、こうして動物病院を開業できたことは、両親を始め、周りの人達の支えがあってこそだと常に感謝しています。


posted by フォレスタ at 22:00| コラム〜NO ANIMAL , NO LIFE〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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